日本映画発掘記録

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『江分利満氏の優雅な日常』|ネタバレ|B面

発掘記録(A面)はこちら。

angie-stars.hatenablog.com

 

注意

B面は、私の分析エッセイです。

ネタバレを含むので、ご注意ください。

発掘記録(A面)→本編視聴→エッセイ(B面)という流れをお勧めします。

 

エッセイ

とにかく面白い、とにかく天才的。冒頭の歌と運動のシークエンスで、これが傑作とわかる!ここまでソフィスティケートにまとめた前半の、前衛的な演出の数々に感嘆しながら(岡本喜八のポテンシャルが凄すぎる)、戦争という大きな核心に突き進んでいく後半。このコントラストがどこまでも素晴らしいし、ここができるのが、映画ならではでもあるのだと思ってはさらに感動してくるのでした。

 

語ること、この映画のほとんどは江分利氏の語りで埋め尽くされている。後半はそれにうんざりして変えるタイミングを失って風邪までひきそうになるくらい、彼の饒舌すぎる止まらない語りによって、この映画は成り立っている。しかし、この語りは一種類ではなく、数種類の語りがあるように思える。

 

まず第一に、それは彼の文章を音読するという意味での、語りである。この映画の原作は小説であるため、この小説の文章がそのまま使われたのかもしれない。この語りはとても面白いのに加えて、語りに合わせる映像も、多種多様、挑戦的な試みのあるものになっていたのが、なんともこの作品をポップにしている。例えば、ジャンプカット、スローモーションという技術的な側面。例えば、舞台的なセッティングに、カメラ目線カット、ジャンプ編集(時間軸を守らない)という遊び心ある側面。衣服の説明をするために、トランクス姿で家の前を歩かせるという突飛な演出ももちろん最高だったけれども、柳原良平さんのアニメーションもいい。(殺人狂時代のオープニングもそうだった!性別記号による結婚式も最高だった…)このような挑戦的、実験的、前衛的な試みが、文章を読み上げるという音読から、一つの語りに仕立て上げることが可能になるのだった。

 

次に、彼の心の声としての語りである。とりわけ戦争に対しての長々とした語りは、文章によるものでもなければ、彼の人生を説明するナレーション的な語りでもない。つまりこの語りは、正真正銘の、生の声なのである。第一の語りが、一応読者を意識した語りであるのに対して、この第二の語りは、なに偽りのない、語りなのである。言い換えれば、それを「告白」と呼ぶこともできるかもしれない。もっとも、この告白は泥酔状態の江分利氏から発せられるため、それはどこかコミカルにも描かれている。しかし、第一の語りと異なり、語りに合わせられる映像は全くない。映し出されるのは、退屈そうな若者と、そして、熱く悲しく、我を失いながら、語気を強める江分利氏だけだ。この告白は、あまりにも、あまりにも、赤裸々だ。神宮球場にいた大学生の半分は死んでしまった…!ちなみに、この彼の心の声が、退屈そうな若者と一瞬だけ響き合う時がある。それが、大学生は戦争を止められたか?という語りである。若者は、安保ですら無理だった、とつぶやく。そして互いに、できなかった、と下を向くのだった。昭和は戦争の時代だ、戦争で金儲けをする時代だ。しかし、江分利は言う。「もう勘弁してくれ」と。

 

最後に、名もなき女性の語りだ。これは江分利氏の語りではないが、強烈なまで江分利氏の語りがあった後に、この名もなき女性の、しかも戦中の、兵士にあてた嘆きの手紙の語りは、この作品にさらに強烈に響き渡る。この女性の語りは、江分利の妻が読み上げる。この語りは、江分利の妻の苦しみ(語られることのない!)とも重なれば、江分利の戦争体験とも結びつき、そして、日本、世界、歴史という大きな枠組みで、無数の名もなき女性の語りが融合しあうのだ。強調された戦争という記憶と、それを青春と呼ばなければいけない悲しみの中に、名もなき女性の語りと、江分利の語りが響あう。私は思わず涙した。この涙は全く共感から起因するものではない。語りというものの強烈なエネルギーに、圧倒されたのであった。

 

正直に書くと、私はもう一つだけ涙を流した。江分利は最初、なんだか面白くないんだよな、と嘆く。いろんなことがある人生だけど、どこかパッとしない。しかし、ひょんなことから書いた小説が直木賞を取ったとき(本当にこの本は直木賞を取っている)、私はポロリと泣いた。奥さんも子供も、みんな泣いていた。江分利は呆然と立っていた。彼のことを断片的にしか見ていないけど、置いてけぼりで、酒癖が悪い彼に、思わぬ転機がやってきたというのは、どこか『キネマの神様』のエンディングとも似ている。

 

ああ、細かなことを色々書いたけど、結局は面白い、に尽きる。江分利氏の語りは、その言葉遣いを含め、テンポよく面白い。愛らしさすらある。面白かった。そして、岡本喜八のキレすぎる映像の数々に、魔法がかかったかのように、私は呆然としてしまった。記録したい面白い演出の数々!最高です。喜劇は重いテーマの中になければいけないなと改めて感じる作品だ。心の奥底から、涙も笑いもやってくる!